はちみつと薬

豆知識

【薬用】
蜂蜜については、人類の長年にわたる経験をもとに、古来様々な薬効が謳われてきた。旧約聖書には、「心地良い言葉は、蜂蜜のように魂に甘く、身体を健やかにする」ということわざが登場する。この言葉から、人類が早くから蜂蜜の健康上の効能について認識していたことが窺える。

古代エジプトの医学書『エーベルス・パピルス』および『エドウィン・スミス・パピルス』には内用薬および外用薬(軟膏剤、湿布薬、坐薬)への蜂蜜の活用が描かれている。旧約聖書の『サムエル記・上』には疲労と空腹により目のかすみを覚えたヨナタンが蜂蜜を食べて回復する逸話が登場する。

古代ギリシャでは医学者のヒポクラテスが炎症や潰瘍、吹き出物などに対する蜂蜜の治癒効果を称賛している。
紀元前五世紀にヒポクラテスが書き残した、ハチミツで甘みをつけた「マムシの粉末」の処方は、十四世紀半ば人々が伝染病から身を守るのに再び使われた。
古代ローマの皇帝ネロの侍医アンドロマコスは、蜂蜜を使った膏薬テリアカを考案した。テリアカは狂犬病に罹った犬や毒蛇に噛まれた際の、さらにはペストの治療薬として用いられた。テリアカの存在は奈良時代に日本へ伝えられ、江戸時代になってオランダ人によって現物が持ち込まれた。

中国の本草書『神農本草経』(成立は後漢から三国時代の頃)には「石蜜」と呼ばれる野生の蜂蜜の効用について、「心腹の邪気による病を治し、驚きやすい神経不安の病やてんかんの発作をしずめる。五臓(心臓、肝臓、肺臓、腎臓、脾臓)を安らかにし、諸不足に気を益し、中を補い、痛みを止め、解毒し多くの病を除き、あらゆる薬とよく調和する。これを長く服用すれば、志を強くし、身体の動きが軽くなり、飢えることもなく、老いることもない」と記されており、中国最古の処方集である『五十二病方』(戦国時代)には蜂蜜を用いた利尿剤の処方が記されている。明代の薬学書『本草綱目』には「十二臓腑ノ病ニ宜シカラズトイフモノナシ」と、あらゆる疾病に対し有効な万能薬と記述されている。同書には張仲景による医学書『傷寒論』を引用する形で、蜂蜜を使った外用薬(坐薬)の作り方も登場する。

日本の医学書『大同類聚方』には「須波知乃阿免」(すばちのあめ)が見え、巣蜂とはハチの巣のことである。ただし旧暦8月に土の中から掘り出して採るとしており、ハナバチの仲間ではマルハナバチが巣を土の中に作る。

漢方薬では生薬の粉末を蜂蜜で練って丸剤(丸薬)をつくる。例として八味地黄丸がある。江戸時代の医師栗本昌蔵は、著書の中で丸薬を作る際の蜂蜜の使い方について解説している。

【薬効とその科学的根拠】
古来謳われてきた薬効について科学的な検証を行ったところ、ある程度の信憑性が確認されている。
蜂蜜は砂糖と同様に、脳と心臓血管系に悪影響を及ぼすが、上気道感染症(風邪など)の症状である喉の痛みや咳が出る場合は、蜂蜜がその症状を軽減する可能性があると2020年11月にハーバード大学医学院で公開された。蜂蜜には抗菌特性があり、科学者は、大人(1歳以下の子供ではない)では、上気道感染症(風邪など)の症状に対処するための無害な方法であると結論付けたが、抗菌特性は限られた条件で有効であると報告されている。

蜂蜜は古来、外科的な治療に用いられてきた。古代ローマの軍隊では、蜂蜜に浸した包帯を使って傷の治療を行っていた。蜂蜜は無毒で非アレルギー性で、傷にくっつくことはなく、痛みを与えず、心を落ち着かせ、殺菌スペクトルは広域で、抗生物質の耐性菌にも有効であり、かつ耐性菌を生まない。元となる花の種類は効果に差を生じさせないようである。創傷(けが)に有効性を示した研究は少なくなく、火傷では流水後、火傷に直接つけるかガーゼに浸潤させたり、また閉塞性のドレッシング材にて覆ってもいい。交換頻度は、滲出液によってハチミツが薄まる速度に応じて行う。

蜂蜜には強い殺菌力のあることが確認されており、チフス菌は48時間以内に、パラチフス菌は24時間、赤痢菌は10時間で死滅する。
また、皮膚の移植片を清浄で希釈や加工のされていない蜂蜜の中に入れたところ、12週間保存することに成功したという報告がある。蜂蜜の殺菌力の根拠についてカナダのロックヘッドは、浸透圧が高いことと、水素イオン指数が3.2ないし4.9で弱酸性であることを挙げている。蜂蜜の持つ高い糖分は細菌から水分を奪って増殖を抑える効果をもたらし、3.2ないし4.9という水素イオン指数は細菌の繁殖に向いていない。しかしながらポーランドのイズデブスカによって、蜂蜜に水を混ぜて濃度を10分の1に薄めても殺菌力を発揮することが確認され、ロックヘッドの主張と両立しないことが明らかとなった。アメリカのベックは、皮膚のただれた箇所に蜂蜜を塗って包帯を巻くとリンパが分泌され、それにより殺菌消毒の効果が得られると主張している。前述のように蜂蜜に含まれる酵素グルコースオキシターゼは、グルコースから有機酸(グルコン酸)を作り出すが、その過程で生じる過酸化水素には殺菌作用がある。人類は古くから蜂蜜がもつ殺菌力に気付いていたと考えられ、防腐剤として活用した。

蜂蜜は古来瀉下薬として用いられ、同時に下痢にも効くとされてきた。蜂蜜に含まれるグルコン酸には腸内のビフィズス菌を増やす効能があり、これが便秘に効く理由と考えられる。フランスの医学者ドマードは、悪性の下痢を発症し極度の栄養失調状態にある生後8か月の乳児に水と蜂蜜だけを8日間、続けてヤギの乳と水を1:2の割合で混ぜたものを与えたところ、健康状態を完全に回復させることに成功したと報告している。これは、蜂蜜のもつ殺菌作用によって腸内環境が改善されたためと考えられている。

古代エジプトの医学書中には盲目の馬の目を塩を混ぜた蜂蜜で3日間洗ったところ目が見えるようになったという記述が登場する。
また、マヤ文明ではハリナシバチが作った蜂蜜を眼病の治療に用いていた。その後、蜂蜜が白内障の治療に有効であることが科学的に明らかとなった。
インドでは20世紀半ばにおいて、蜂蜜が眼病の特効薬といわれていた。

欧米には「ハチミツがガンに効くという漠然とした”信仰”に近いもの」が根強く存在する。
1952年に西ドイツのアントンらが19,000人あまりを対象に職業別の悪性腫瘍発症率を調べたところ、ほとんどの職業において1,000人中2人の割合であったところ、養蜂業の従事者については1000人中0.36人の割合であった。この結果からは養蜂業従事者の生活習慣の中に悪性腫瘍を抑制する要因があることが読み取れるが、それを蜂蜜の摂取に求める見解がある。フランスのアヴァスらは、動物実験によってハチミツに悪性腫瘍を抑制する作用があることを確認している。また、前述のように蜂蜜には生成の過程でローヤルゼリーに含まれる物質が混入すると考えられているが、カナダのタウンゼンドらはローヤルゼリーの中に悪性腫瘍を抑制する物質(10-ヒドロキシデセン酸)を発見している。

二日酔いには蜂蜜入りの冷たい水が有効であるとされる。蜂蜜に含まれるフルクトースは、肝臓がもつアルコール分解機能を強化する効果をもち、さらにコリンやパントテン酸にも肝臓の機能を高める作用がある。デンマークの医師ラーセンは、泥酔者に蜂蜜を飲ませたところ、短時間で酔いから覚めたと報告している。また、ルーマニアのスタンボリューは124人の肝臓病患者が蜂蜜を摂取することにより全快したと報告している。

古代ローマの詩人オウィディウスは『恋愛術(恋の技法)』の中で、精力剤としてヒュメトス産の蜂蜜を挙げている。蜂蜜の精力増強作用について、19世紀の科学者は懐疑的であったが、20世紀に入りイタリアのセロナは0.9gの蜂蜜中に20国際単位の発情物質が含まれると発表した。

蜂蜜には血圧を下げる効能があるといわれてきた。蜂蜜にはカリウムが多く含まれるが、食塩を過剰に摂取した際にカリウムを摂取すると血圧を下げることができる。また、蜂蜜に含まれるコリンには高血圧の原因となるコレステロールを除去する効果がある。

古代エジプトや中国の文献には、蜂蜜の駆虫作用に関する記述がみられ、甘草と小麦粉、蜂蜜から作った漢方薬「甘草粉蜜糖」は駆虫薬として知られる。1952年(昭和27年)に日本の岐阜県岐阜市にある小学校で実験が行われ、蜂蜜を飲んだ小学生の便からは回虫の卵がなくなるという結果が得られた。蜂蜜に含まれるどの成分が駆虫作用をもたらすかについては明らかになっていない。

その他に、鎮静作用が認められ、咳止め、鎮痛剤、神経痛およびリウマチ、消化性潰瘍、糖尿病に対する効能が謳われている。

出典:Wikipedia